家族の病気、夜逃げ、つらかった時に救ってくれた母の言葉

娘の成人式の家族写真 40代にとっての家族

「あなたにとっての家族とは?」
様々な「家族観」に触れることで自分の「家族観」を見つけていく家族観バトン
今回は成年後見・家族信託の専門家、司法書士の村山さんにインタビュー。
今はお子さんにも恵まれ、仕事も順調で幸せな日々を送られていますが、実は壮絶な体験をお持ちの方です。
心が折れそうになったとき、救ってくれたのはパワフルなお母さんの一言でした。
親と子の、目に見えない強い絆を感じる家族のお話です。

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プロフィール

名前:村山澄江
職業:司法書士村山澄江事務所 代表司法書士
生年月日:1979年11月18日
出身:愛知県

晩ご飯に父がいないのはテレビの世界

娘と父親

家族は愛知県に住む父母と一つ下の妹がいます。
昔はよく妹とケンカをしていました(大人になり、今は仲良しです(笑))。
中学生ぐらいまでは、取っ組み合いの激しいケンカも。妹の方が背が高く、小学校高学年の頃は妹の方が20cm高かったので、だいたい私が負けていました。
周りの大人たちから「すみちゃんはお父さんにそっくりだね」と言われていましたが、ゲジ眉の父に似ているというのは幼少期の私にとっては言われたくない言葉ナンバーワンでした。実際に私は眉毛がつながっておりました。

父も母も地方公務員。父は町役場の職員、母は保育士でした。
父は夜勤がありましたが、普通の日は18時までに帰宅する事が多く、家では仕事の話を一切しないので、「お父さん、ちゃんと働いてんのかな?」みたいに思っていましたね。
よって、ご飯は家族4人で食べるのが定番。「お父さんがなかなか一緒の食卓を囲めない」というのはテレビドラマの話だと思っていました。上京して周りに聞いてみたら、意外とみんなの家では、お父さんは食事時間に間に合っていないということを知り、うちは団らんの時間がもててラッキーだったのだな、と思いました。

父より母の方が帰りが遅く、帰宅後は家事があるので母は結構イライラしていました。
父は料理をしないので、母が出張などで帰宅が遅くなる日は、朝ごはん、弁当、夜ごはんすべてを早朝に準備してやりくりをしていました。保育士は持ち帰りの仕事もあり、毎日夜2時くらいまで作業していたので、相当過酷だっただろうなと思います。

そんな両親なので、家族総出で家事をやらないと生活が回りません。トイレ掃除は子ども達、お風呂掃除と洗濯は最後にお風呂に入った人、洗濯物干しは父、皿洗いは各自、みたいな感じです。そうしないと母の機嫌がどんどん悪くなるんですよね。
その代わり、お手伝いをすると「すごく助かった!ありがとう」と言ってもらえたので、その言葉を聞きたくて、言われなくても家事をするようになっていきました。こういう背景があるので、まったく家事をしない人をみるとちょっと疑問に感じてしまいます(笑)。

褒めるのも叱るのも母

母が働いてる時は毎日イライラしていた印象が残っています。特に、年齢と共に職場での責任が重くなっていくと、部下と上司の板挟みになる時期がしばらく続いていたそうで、大好きな保育士の仕事でしたが、しんどいこともたくさんあったようです。
職場でのストレスに加えて、家に帰ると父の方が早く帰っているのに洗濯物が外に出しっぱなしだったり。で、やっぱりイライラするみたいで。
どこの家庭にもあると思うんですけど、言われないと気付かない男性も多いですよね。うちの父は気付かないタイプでした。
母も「なんで気付かないのさ。外が暗くなったら洗濯物いれるよね、ふつう」という感じでイライラしてるので、そこは私が間に入りました。
「お母さん、洗濯物をいれておいてって言わないとお父さん気付かないんだよ」って。母がヒステリックな状態なのは子どもながらに感じており、イライラしている母を見るのはあまり好きではありませんでした。

そして母は52歳で早期退職を決意。そこからはすごく楽しそうです。第二の人生を謳歌するように、生き生きとしています。
70歳目前ですが、妹の子ども、つまり孫の面倒を見たり、お友達の会社の手伝いをしたり、図書館のボランティアにも行っているので毎日何かしらやることがあるようです。

母とは仲が良いです。子どものころはケンカをよくしていましたけど。大学進学を機に上京して1人暮らしを始め、今まで自分はものすごく恵まれていたんだと気付きました。そして毎月毎月母にありがとうの手紙を書きました。

電話より手紙の方が、気持ちを素直に書けるというか。自分で書いていて、こんな言葉が出てくるんだという新鮮さを感じながら書いていました。「クソババア」とか言ってたくせに(笑)、「ありがとう」がすごく出てくるんですよ。
やはり親と離れて暮らすと、親がどれだけ私たちの為にやってくれていたのかがすごく分かって、愛されていたんだなということがその時初めて分かりました。

母は手紙をすごく喜んでくれていました。今でも全部保管してあるそうです。私は恥ずかしくて見ることができませんが、大事にしてもらえるのはうれしいです。

父には、あまり書く言葉が出てこなかったので(笑)、太い筆ペンを使って大きな文字でスペースを埋める感じで書いてました。父に対しても「ありがとう」という気持ちがもちろんありますが、叱るのも褒めるのも母の方が多かったので、母への感謝の気持ちのほうが強いようです。

父は天然というか、ちょっと変わっているかもしれません。趣味にはとことん没頭し、興味のないことは耳に入らず、いつも飄々としていました。
母が怒っていても聞こえてるんだか聞こえていないんだか、適当に受け流すのでケンカにはならないんです。だけど母はそれがまた気に食わないみたいで、「腹立つわー」とよく言っていました。母は思ったことをすぐに口や態度に出すタイプ、父はあまり表現しないタイプです。

私が成人してからは、母がかつての仕事の苦労話をしてくれるようになりました。
私たちが小さい頃は仕事の愚痴は言わなかったので、私たちから見るとただヒステリーなお母さんというふうに映っていました。
どうやらイライラ絶頂期だったころは、全然指示を守らない部下の対応に悩み、園長からは無理難題を言われて、と、かなり大変な立場だったそうです。
睡眠時間はいつも3~4時間。職場では体を動かし、事務仕事は持ち帰りでやっていました。私たちが寝てから仕事をして、朝5時には起きて弁当を作って、という生活を30年近く続けていたと思います。
私は同じことやれと言われても無理です。母は相当パワフルだったと思います。

自分が子どもを持つことはあきらめていた

幼い姉妹

実は、約18年間産婦人科に通っており、医師から「子どもはできないかも」と言われていました。再婚した今の夫にもそのことを伝えると、「子どもはすごくほしいけど、そのための結婚じゃないから」と言ってくれて。そして奇跡的に子どもを授かりました

治療を続けていても、ずっと無排卵でした。前夫との離婚を機に36歳で治療もやめてしまい、100%仕事に生きていこうと決めた後の妊娠だったので、手放しでは喜べなかった部分は正直あります。自分が親になるという事態を考えていなかったので、ちょっとパニックになりました。

そこで夫に「あなたが専業主夫をやってくれるんだったらやっていけるかも」と提案、彼は一瞬戸惑いましたが、快諾してくれました。
そして当時社内第一号となった男性育休を取得。その後、家事育児を優先できる仕事の形態に切り替えてもらいました。
すごく快適です。”自分が働きたい”という意思が強い場合は、家事育児をしたいと言ってくれる相手が見つかるといいなと本気で思います。

今の仕事を選んだきっかけは、母の口癖が「手に職をつけろ」だったので、無意識に刷り込まれていたのかもしれません。また、私が会社員になるということにあまり魅力を感じていなかったということがあって。
完全な思い込みですけど、「お茶汲みはやりたくない」という強い意志があったんですよ。テレビの見過ぎだと思うんですけど、「女の人はああやってお茶汲みをさせられるのか、嫌だな」と思っていて、それを18歳になっても引きずっていたんですよね。

周りが就活を始める頃に、私は一切就活はせずに司法書士の勉強を始めました。同級生が社会人になる年に合格して自分も社会人になる予定だったんですが、結果は撃沈。

1年で受かるだろうという謎の自信があり、大学3年生から勉強を始めたんです。蓋を開けてみたら合格率は3%以下という難関資格で、とんでもないことに足を突っ込んでしまったかもしれないと不安がよぎりました。
落ちた時はかなり落ち込んじゃって。今の自分なら、”どんな結果が出ても生きていける”という自信はあるんですけど、当時は試験に合格することしか見えていないので、落ちたらもう死ぬんじゃないかなと思っていました。就活もしていないし、後がないという感じで勉強をしていた気がします。
やっぱり視野が狭いですよね、子どものときは。
結局、1年アルバイトをしながら専業受験生をして、3回目、23歳の時に合格できました。

パートナーの病気発覚、支えてくれた母

小さい女の子

試験のことは親もさほど心配をしていなかったと思うんですが、親に心配をかけたのはその後、一度目の結婚の時です。
29歳で結婚し、ほどなくしてパートナーの病気が発覚し、ほぼ寝たきりになってしまいました。パートナー自身も苦しんでいて、自殺未遂も何度かありました。
看病している時期の私は、メンタル的に際どい時期があったので親はかなり心配していたと思います。あまり電話をしてこなかったけれど、私からの「しんどい」というメールがある間はまだ安心できたらしく、それがパタっと途絶えると死んだんじゃないかと気が気じゃなかったそうです。

自分も疲弊しており、パートナーも毎日死にたいと言って泣いてるし、とにかく目の前のことが真っ暗闇な中、毎日仕事している時間だけ「普通の自分に戻れる」という感じでした。お金もなかったので、あのときはガリガリだったよね、と後から友達に言われました。

看病生活4年目で別れる決意をしました。パートナーが私に手を挙げたことがきっかけですが、ある日、身の危険を感じる事件が起きてしまいました。これ以上一緒にいるのは無理だと感じて逃げることに。
それまでどれだけ私が苦しんでいても「じゃあ別れなさい」とは一度も言わなかった母ですが、私から「別れようと思っている」というと、「やっと自分で決めたんだね」と。ずっと心配し続けてきて、それでも私の意思を尊重してくれたことに感謝しています。

子どもが幸せに生きていることが親にとって一番幸せ

私は逃げる決意をして、預金2万円から再出発をしました。そこからは本当の意味で「自分の人生を生きている」と実感しています。
37歳で縁あって今の夫と再婚しました。夫と出会えて今はすごく幸せ。
あの経験があったことで、「家族が笑ってるって、何て素晴らしいことなんだ!」と心の底から思えるんです。当たり前と思っていたことが当たり前じゃないと気づけて本当に良かった。自分の子どもがすごく幸せそうに生きているというのが、親にとって一番幸せなんじゃないかな。

現在3歳の娘には、大きくなったらいろんなことを話したい。
今後イジメにあうかもしれないし、つらいことも起こるかもしれないけれど、大人が楽しく生きてる様子を見せれば大丈夫かなと。
子どもの頃は、目の前のことが100%の世界になってしまうので、「世界は広いんだよ。大人になったらもっと自由だよ」ということを伝えてあげたいと思います。

元気なうちに親孝行したい

試験で苦しんだり離婚したりで、なかなか親孝行をできなかった時間が長いので、幸せな時間をたくさん共有したいです。
親が元気なうちに孫を連れてどこかに行くとか、ベタだけどそういうことをしたいです。私の両親と夫の両親も仲が良いので、みんなでどこかへ行けたらいいな。誰かしらが体調をくずしたら行けなくなってしまうので、元気なうちにとは思っています。
また、孫のお世話を頼めることも親孝行になっているのかもしれないです。隣県に住む義理の両親にとっては私の娘が初孫で、たまに預かってもらっており、すごくかわいがってくれています。
「私は社交辞令がわからないからダメなときはダメと言ってね!」とお伝えして、「いいよ~」と言われたらお言葉に甘えてお世話をお願いしています。

愛知県の両親には、コロナの影響で孫をなかなか会わせてあげられていません。かわいい盛りだと思うので、今すぐ見せてあげたいのですが。

「自分の人生を生きてほしい」親子関係に悩む人に伝えたいこと

父と娘

仕事柄、親子関係が良好ではないご家庭の話もお聞きします。
親が凝り固まっていると、普通に雑談をすること自体がなかなか難しかったりもしますし、例えばいわゆる「毒親」と称されるカテゴリーの方かもしれないと感じるケースもあって。そういう場合は縁を切った方がいいのでは、と思うこともあります。

私の友人から「親との関係に悩んでいる。法的になんとかならないか」と相談を受けたことがありました。
法的にはなんともならなかったんですが、やはりその方とそのお母さんとは距離を置いた方がいいなと感じました。常に子どもにお金の無心をし、子どもの都合はおかまいなしで依存しているようでした。
このままずるずるとお金を貸し続けても解決しないので、こちらから一度突っぱねる態度を取った方がいいんじゃないかな、というお話はしたことがあります。お母さんの為にもならないんじゃないかな。友人には自分の人生をしっかりと生きてほしいです。

子どもが親に歩み寄ることで何とかなるんだったら一度はチャレンジしてみてほしい、とは思います。
親は徐々に力が弱くなって、老いていってしまうので。
別の友人の話ですが、お父さんがもともと威厳のある人で、今まではあまり関わってこなかったけど、「父が弱音をいうようになり、私が何とかしてあげないと駄目だと思って」と私に相談してくれている人もいます。年月を経て親子の立場や心境が変わっていくんだろうなということを感じています。

親子の会話がないと、お互い何を思っているのかも分かりにくくなります。子どものころに受け取った親のネガティブに感じた言動も、ちゃんと話してみたら親の愛情からきたものだったのだと後から分かった、そんなケースも聞きました。
大人になった自分で、今の親と話をしてみると、新しい発見があるかもしれないです。

40代にとっての家族
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