家族を大切におもう人が集まるメディア

僕と母親が一緒にいられる時間は残り43日9時間でした。

函館の風景写真

「あなたにとっての家族とは?」
様々な「家族観」に触れることで自分の「家族観」を見つけていく家族観バトン。

今回は、20代のときにお父様を亡くされ、そのことをきっかけに親との関わり方を深く考えるようになった濱中貴規さんにインタビューをさせていただきました。

一人残されたお母様をサポートしながら、自身も2児の父として家族と向き合う、頼もしい一人息子であり一人の父のお話です。

プロフィール

名前:濱中 貴規
年齢:35歳(2021年1月現在)
職業:葬儀関係の営業職
出身:北海道函館市

どんな家庭で育ちましたか?

父と母は生粋の函館っ子です。一人っ子の長男として、僕も函館で生まれましたが、父が転勤族だったので、父の代ではじめて生活の拠点が東京になりました。

生まれが函館です、と言うと必ず北海道や函館のことを聞かれますが、小学校に入る前には東京へ移っているので、僕に幼少期の北海道エピソードはほとんどありません。笑

父は13年前に病気で他界しています。ちょうど僕の22歳最後の日でした。
トータル1年ぐらいは闘病生活を送っていたと思いますが、僕自身、覚悟しきれていませんでした。

最後まで病気が治るんじゃないかとどこかで思っていましたし、『家族が余命宣告を受けたときの本』みたいのを本屋で立ち読みしたりしましたけど、辛くて読めませんでした。

最期が近づくに連れ、現実と向き合わないといけなくなり、母とは葬儀について相談をしたりしましたけど、僕の覚悟ができていなかったことが邪魔をして、父とは「最期」を意識した会話はほとんどできませんでした。もっと色んなことを話しておけばよかったなと思います。

父はすごく家族思いで、仕事が終わったらまっすぐ家に帰ってきたいタイプの人だったそうです。酔っ払って帰ってきたとか、朝帰ってきたとかそういう記憶は一切ないですね。

今母と話しても、家族のことを一番大事に思っていた人だった、という話をよく聞きます。
僕自身の記憶を思い出してみても、土日とかも家族優先でやってくれていたように思います。
小学校の時とかは土日に二人でサッカーをしたり、国内旅行に行ったりもしていました。

父との関係は良かったと思います。他界してもう10年以上経つので、仲良しエピソードはあんまり思い出せませんけど、僕のことをすごく気にしてくれていたし、数回ですけど一緒に家族3人でお酒を飲んだりもしました。

誕生日だったかはっきりとは覚えていませんが、お洒落なマフラーをプレゼントしようとBEAMSに買いに行って、渡したのを覚えています。それが最後のプレゼントになりました。

幼い息子が食器を洗うのを後ろから手伝う父

幼少期の話をすると、幼稚園、小学校ぐらいのときはけっこう厳しく育てられた記憶があります。
実は僕、調子乗りな性格で一見落ち着いてそうに見られるんですが、調子に乗って同じことを何回もしちゃうようなところがありました。

あと、嘘をつくとすごい怒られました。

幼稚園の頃、小児喘息を患っていて、お泊り会のときに薬を飲むのを忘れちゃったんです。そしてそのまま家に帰ってきて、僕は隠蔽を図ったんですね。笑 

たぶん咎められないように、飲んだって嘘をついたと思うんですけど、すぐにバレて、飲まなかったこともそうですけど、「飲んだと嘘をついたこと」について、めちゃくちゃ怒られました。

ちょうど人の目が気になる中学校とか高校の頃、一緒に買い物に行っているところを友達に見られるのが恥ずかしいみたいな、そういう感覚がありました。

これといった反抗期はなかったのですが、どちらかというと一人っ子というコンプレックスがどこかにずっとありました。兄弟がいないことによって、親とべったりというか、親離れ・子離れができていない感じという印象を、当時は持っていましたね。表立って反抗期とかの方がすっぱり割り切っていて良かったのかもと思うぐらい、内なる反抗期みたいな感じでしたね。

大学に入ってからもそういうのがちょっとあって。サークルで音楽をやっていたので、一緒にコンサートに行こうって親がチケットを取ったりしてくれていたんです。でも、「わざわざいいよそんなの、行かなくていいよ」っていう態度を取ってしまったり。今にしてみると申し訳なかったなというのがあります。まぁ、色々言いながらも結局一緒に行くんですけど、笑 

素直に喜んで付いて行っていたら喜んでくれたと思うし、親の気持ちを考えると、思春期の息子に対して、何とか手を変え品を変え、一緒に思い出をつくろうとしてくれていたのに、それを無碍に断っていたんだと思うと今胸が痛いですね。

家族の大切さを感じたときはいつですか?

やはり父がいなくなってしまった出来事が一番大きいです。父は56歳で他界しました。

こんなに早く死んでしまうと思っていなかったので、家族3人でいることが当たり前という感覚でしたし、もっと父と二人でどこかに行ったり、お酒を飲みに行ったりしたかったと、今でも思います。

仮に父がそういうことにならなければ、家族や親について意識する時間は、もっと先だったかもしれないですね。

「家族がいて当たり前」と思っていたから、一緒に生きている時間を大事にできなかったという後悔があるので、そういう思いをする人が一人でも少なくなればいいなと思っています。

母とは、 特に僕が結婚してからは別れて暮らしているので、一人で生活しているのを遠くからうまい形で見守っていきたいと思っています。

母は僕の住まいから電車で20分くらいのところで生活をしているので、コロナ禍前は、月に1回ぐらい子供を連れて会いに行っていました。
今は、それぞれ自粛生活を全うする一方で、別れて暮らしているので心配が尽きません。
外に出歩いてコロナにかかっても困るし、かといって家の中に籠もっているのも気分がふさぎ込んでしまうと思うので。僕の仕事が4月5月は完全リモートだったので、そうならないように毎日電話をかけたりしていました。

大切にしたい家族との思い出は?

高校が東京渋谷の外苑前駅にあったんですけど、高校生ながら「将来、ここでお酒を飲みたいな」と思っていたお店がありました。

20歳を過ぎてから調べたらまだそのお店があったんです。そこで当時千葉に住んでいた両親を誘って飲みに行きました。

テレビとかCMとかでやってるような、「親父さ、おふくろのことどうやって口説いたんだよ」とかそういうのは恥ずかしくてできませんでしたけど。
そこで何を話したかとか細かくは覚えていませんが、一緒にお酒を飲みに行ったという経験が少ないので、そのお店に3人でお酒を飲みに行ったという思い出が一番です。

どんな家庭にしたいですか。

会社じゃないですけど風通しのいい組織にしたい、と思っています。笑

僕自身が中高大と、親と一緒にいることが恥ずかしかったり、親に悩んでることを言えなかったりしたので。それはそれで成長のプロセスだと思うんですけど、息子もいることだし、男同士で好きな女の子の話を聞かせてもらえるようになりたいというのがあります。

勉強とかでも、何が分からないのか分からない状態で相談してほしい。成績が悪くても怒ったりはしないですが、その代わり何が分からないのかをはっきりしてほしいと思いますね。

今度生まれてくる予定の娘に対してもそうですし、妻に対してもそう思います。
僕自身も、表面的な暖かさみたいなものより、風通しの良さ・信頼関係みたいなところを大事にしていきたいと思います。

息子がもし僕の中高大学生のころみたいな態度になったら…でもそうならないようにある程度早い段階からいい関係を作ろうと、そういうのはありますね。
なっちゃたらなっちゃったで、これが成長だなとなんとか割り切るしかないかな。
そのときにどうやって向き合うかで自分自身も子供も成長するのかなという風に思います。

家族のためにしたいことは?

高尾山で自撮りする息子と母

写真を残すことです。

まず、親に関して言うと、事あるごとに友達とかにも言ってるんですけど、常に最新の状態の写真を残せるといいなと思っていて。

僕いい年になってからの親との写真がほとんど残ってなくて。
成人式でギリギリ残っているぐらい。

父親が元気なときのラストの写真が、亡くなる時から結構前のものだったんです。

余命を意識し始めて、焦って「一緒に写真を撮ろう」と病室で言ったんですが、「治ってから撮ろう」と言われちゃって。それは尊重すべきだと諦めました。結局その時は写真が撮れないまま終わってしまったので元気なときに、常に一緒に撮っておくべきだなと思いました。

最近、母親と一緒に高尾山に行ったんですけど、勇気を出して一緒に写真を撮りました。
そういうのがゆくゆく残っていくことになると思うし、父親のときと同じ後悔をしないようにと常々意識しています。「あの時どこそこ行ったよね。」と思い出して話すこともできますし。

自分の家族に対してもそうですね。できれば一緒に撮る写真を増やしていきたいなと思いながら、未だに恥ずかしくて写れていなかったりしているので、心を入れ替えます。笑

今の僕の家族の感じだと、妻と息子の写真はあるんですけど僕は撮る側なので、息子と僕の写真がないんですよね。将来、息子が結婚式をあげることもあるかもしれないので、僕と一緒に写っている写真も増やしていきたいです。

同世代へのメッセージ

僕らの世代でいくと多くの場合、親は60代だと思うんです。僕の母は65歳ですし。

残り何年かというのが、限りが見えてきている。その残りの限られた時間を大事にしよう、と思いますし、僕の話を読んでくださった方にも伝わると嬉しいです。

自分と特定の人の年齢を入力すると、「この先何日一緒にいられるか」を計算してくれるサイトがあって、数日前にやってみたら、僕と母親が一緒にいられる時間は残り43日9時間でした。

対面で一緒に二人でいられる時間をつみあげて足していくと、ってことだと思うんですけど、すごく短いと思います。

その43日のうちに、病院にお見舞いに行って会っている時間も入ってると考えると、お互いが元気に生きている時間はもっと少ない思います。

そういうことも意識しながら、母親とは二人でお酒を飲みに行ったりしてるんですけど、ご飯を一緒に食べられるうちは、一回でも多くご飯を食べに行ったほうがいいよ、写真が撮れるなら勇気を出して一緒に撮ってみるのがいいよ、というのが最も発信していきたいことですし、僕自身もそうしていきたいと思います。