人生の根底にあるのは「自分が楽しく生きていること、自分らしく幸せな状態であること」

30代にとっての家族

「あなたにとっての家族とは?」
様々な「家族観」に触れることで自分の「家族観」を見つけていく家族観バトン。

今回は、様々な活動を通じて、女性が納得感を持って生きられるためのご支援をされている古畑里奈さんにお話を伺いました。

女性が「あと一歩」を踏み出すための伴走に力を注ぐ彼女の生い立ち、家族との思い出、そして、現在の活動を始めた経緯と想いを余すところなく聞かせてくれました。

いつも彼女が前向きで、笑顔がキラキラと輝いている理由とは。ご家族との関わりや、それにまつわるエピソードにも注目しながらご一読ください。

プロフィール

名前:古畑 里奈
年齢:30歳(2021年2月現在)
職業:会社員(社長秘書兼戦略担当)、個人事業主(コミュニティ運営・キャリアコンサルティング)
出身:長野県

生い立ちと、これまでのキャリアについて教えてください

長野県塩尻市で生まれ育ちました。 性格は両親譲りで、責任感が強く人のお世話を焼きたくなってしまう長女気質です。 率先して人前に出ることが好きなタイプではありませんでしたが、周囲からはしっかりしていると見られることが多く、学生時代は学級委員長や副学年会長などを経験しました。

東京の大学に進学し、卒業後はメガバンクで約3年間、個人富裕層の資産運用業務に携わりました。 自分自身の健康とキャリアに正面から向き合ったことがきっかけで、医療IT系のベンチャー企業に転職して法人営業と代表秘書を勤めました。

現在は女性支援を軸に様々な事業を展開する企業で戦略秘書をしています。新規事業のサービス設計や法務関連の業務をすることもあれば、他社との事業連携や広報業務なども担当していて、あらゆる任務を巻き取る特命係のようなポジションです。

また、個人事業として女性コミュニティの運営とキャリアコンサルティングを行っています。 コミュニティ活動では、様々な年代やバックグラウンドの女性たちが、緩やかな横の繋がりを持つための居場所を提供しています。時には切磋琢磨し、助け合う仲間を見つけられるサードプレイスとして利用していただくのが目的です。 起業家や医師、ファイナンシャルプランナーの方をゲストに招いて、学校や会社では学べないけど生きる上で必要な専門的な知識や知見をシェアしていただいたりもしています。

これらの活動の背景には、「だれもが主体的に人生を選択し、納得感を持って生きられる社会を創りたい。」という想いがあります。日本は2020年のジェンダーギャップ指数が121位と先進国で最低水準にありますが、実態としても自らオーナーシップを持って人生を主体的に切り拓いていくという女性が少ないように感じてます。

それは、起業や独立といったリスクテイクの意味ではなく、「自分の人生は自分でコントロールする。」という覚悟に基づいた自由な意思表示と行動という意味で、 固定観念から解放されてもっと自分らしい幸せのかたちを追求していける女性が増えたらいいなと思っています。

どのような家庭で育ちましたか

両親と弟の4人家族です。両親も長野出身で父は経営者、母は専業主婦という昭和的な価値観の強い家庭で育ちました。母は結婚を機に家庭に入り、時々父の会社を手伝いながらも家事育児をいつも1人でこなしてくれていました。弟とは、小さい頃はよく喧嘩をしていましたが、今では定期的にご飯に出掛けたり、家具の組み立てを手伝ってもらったりと、仲良しです。

少々しつけに厳しい家庭でしたが、門限やお金の使い方を細かく言われたこともなく、個人を尊重して自由に私たちを育ててくれました。両親からは「人を大切に、感謝をしなさい。」、「挨拶をしなさい。」という、人として基本的なことをよく言われていました。特に「人に対する感謝の気持ち」を大切にしていて、(私の)祖父の話をよく聞きました。

母の実家が建築会社で、祖父の代に従業員の方が線路上の事故で亡くなってしまったことがあったそうなんです。賠償金は現在の価値に直すと約3億円にもなったそうで、ご遺族だけで到底払える金額ではなかった。そこで祖父が肩代わりをしたそうです。

祖父は当時住んでいた長野県松本市の中では初めて白黒テレビを手にするくらいの名士だったのですが、3億の借金を背負い、金銭的にも家庭環境が一気に変わってしまった。それでも母の兄や姉が、母が学校を出られるようにとお金を稼いでくれたり、近所や親戚の方が生活をサポートしてくださったりしたそうなんです。この体験を通じて、母は人に対する感謝が大事だと感じるようになったそうです。

私は母の性格に影響を受けているところが大きいと思います。母はとにかく前向きでポジティブに考えられるし、行動力もある。「どうしたら自分がよりよい感情で生きられるか」を意識している人です。私にはいつも「せっかく生きるんだったら楽しく生きなさい。楽しく生きなきゃもったいない。」と言ってくれていました。

大学に入る半年前くらいに父が大きく体調を崩してしまい、約8年間闘病生活を送っていたことがありました。母は会社のサポートをしながら、父にずっと付き添っていました。母が献身的にサポートしている姿を見聞きして、「古畑家は母が支えているんだな。」、「母のおかげで乗り越えられたんだな。」と感じました。

闘病中は母も精神的にきつかったはずですが、私たちに愚痴を言ったり弱音を吐くことは一切なく、ほぼ一人でサポートをしていました。「強くて優しい女性というのは、こういう人のことを言うのかもしれない。」と思い、そのときに、自分も母のような、強さと優しさを兼ね備えた女性になりたいと考え始めましたね。

ご家族の思い出を教えてください

両親が2人とも運転をすることが好きなので、長野から自家用車で北海道や福岡に旅行したことです。

幼い頃に長野のお寿司屋さんで初めて食べたウニが新鮮ではなくて苦手食材だったのですが、北海道で食べたウニ丼があまりに新鮮で美味しくて、その時から大好物になりました 笑。社会人になってからは両親と3人で台湾に旅行したり、父の仕事で視察を兼ねてインドネシアで島巡りに行ったりしました。

あとは、2年ほど前に父に買ってもらったコートを大切に着ています。父がたまたま仕事で東京に来たタイミングで、「伊勢丹に行くか?」と聞かれて。そのとき母からも電話が掛かってきて、「お父さんがいいもの買ってくれるみたいだよ。一緒に行ってみたら?」と言われたので「行くー!」と即答して付いて行きました。2人きりで初めて買い物に行ったので、記念のコートですね。

社会人になって自分が働く側になってからは、両親がどんなに大変な思いをして私を育ててくれたのか分かるようになってきた気がします。私は結婚も出産も育児もしていないけど、子供2人を好きな習い事に通わせるだけの資金を確保するのは相当の頑張りだったんだろうな、と思うと感謝の気持ちが湧いてきます。

だから、少しでも自分が稼いだ中から恩返ししたいなと思って誕生日プレゼントなどを贈っています。ちょっといいマフラーや財布を買って贈ってあげると、父は結構喜んでいるみたいです。直接ではなく、後々母から、「会合にあのマフラー着けて行ったよ。」みたいな形で私は伝え聞くんですけど 笑。

親孝行エピソードを教えてください

3年前くらいに、母が初めて一人で東京に遊びに来たときに案内をしたことです。明治神宮や六本木ヒルズを観光して、パンが好きな母と一緒に新宿のベーカリーでモーニングを食べて、とてもいい時間でした。そのときに撮った写真、母がとても嬉しそうな顔をしていたから、おもてなしできてよかったなと思っているんです。

一緒に思い出を作りたかったんですよね。母は長野で生まれ育って、父と比べると海外旅行の経験も少ないし、社会との交流も限られていたから、家の外に連れ出してあげたいと思っていました。せっかく私が東京にいるから、どんなところで暮らして、どんな景色を見て、どんな食事をしているのか、母にも体験してほしいと思ったんです。

プレゼントを贈ることは学生時代もしていましたが、社会人になってからは自分でお金を稼いで、両親にしてあげられることが増えましたね。コロナが収束したら、私の大好きな場所であるハワイに母を連れて行ってあげたいです。

親孝行とは何だと思いますか

自分自身が幸せに生きていることなのかなと思います。帰省するたびに、母は私と弟に、「幸せになってほしい。」と言ってくれるんです。その「私が幸せな状態ってなんだろう。」って考えると、母から見た私がその瞬間に楽しそうだったり、笑顔でいることだったり、心からワクワクして自分らしく生きられている状態なのかなと思います。

もちろんプレゼントを贈るとか思い出を作るとか、行動として親孝行をしていきたいというのもありますが、一番根底にあるのは、自分が楽しく生きていること、自分らしく幸せな状態であることが親孝行なのかなと思っています。

家族との関わりは、今の仕事や活動にどうつながっていますか

幸せのかたちは人それぞれなので正解も不正解もありませんが、誰もが過去を振り返ったときに「納得感を持って選択できた」と言える人生を送ってほしい、という想いをあるときから持つようになりました。その背景の一つには、家族のかたちや母の姿があります。

昔、母の夢は警察官になることだったと聞いたことがあります。自分が大人になった今、ひとりの女性の視点で考えると、母は家族を支えることに幸せを感じていたのだろうと思う一方で、自分のやりたいことや幸せのかたちをもっと自由に追求してほしかったなとも思います。また、父が闘病生活をした際に一番そばで懸命にサポートする母の姿を見て、女性としての強さと優しさを感じたのと同時に、大切な家族を守るためにも女性が経済的、精神的に自立することが必要なのでは、とも感じました。

時間的にも経済的にも、もっと余裕があったら色々な選択肢が持てるかもしれない。例えば高度な治療だったり、極端な話、日本じゃなくて海外で治療するといった選択もできる。これからは多くの選択肢を持つための経済力を男性だけではなく女性自身も持つ必要があると思います。だから自分の人生を誰かに託してしまうのではなく、オーナーシップを持って生きられる女性を一人でも多く増やせたらいいなと考えています。

私の場合は、原体験が今最もやりたいこと、「女性支援」につながっていますが、これからどう生きたいか、どんな仕事をしたいか悩んでいる方にはぜひ、過去の経験や記憶を丁寧に振り返ってみてほしいと思います。

同世代へのメッセージをお願いします

「何を大切にしたいか。」、「誰を幸せにしたいか。」というのは、自分の人生を創っていく上でとても必要な価値観だと思います。その「誰か」の中に、自分を産んで育ててくれた家族や両親が含まれる人は多いと思うので、大切にできる間に親孝行してほしいと思います。

私自身も「自分ができることって何なんだろう。」とか、「両親がしてほしいことってなんだろう。」と考えながら、一緒に過ごせるときを大事に過ごしていきたいと思うし、何より自分自身が幸せに生きている姿を見せていけたらと思います。

30代にとっての家族
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