私にとっての親孝行は、両親のために自分が幸せであること。

20代にとっての家族
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<プロフィール>


・名前:M,N
・年齢:22歳
・所在地:東京

田舎で育った22歳です。
現在、大学では中東政治学とアラビア語を勉強しています。
趣味は民藝陶器とコーヒー屋さん巡りです。陶器は特に、布志名焼の湯町窯が好きです。
最近、自分で料理をつくって頂くことの楽しさに気づきました。それも、お気に入りの器で頂くと一層美味しく感じます。今回の取材を通して、親がこれまで与えてくれた多くのことに気づきました。

Q.どんなご家族ですか?

 両親と妹2人の4人家族です。
母は明るい性格でオープンマインドというか、誰でもウェルカムな感じがします。すぐ留学生を呼んだり、友達を呼んだりしています。年々優しくなってきていますね。昔は、張り詰めてた感じがします。父は冗談が好きで普段はおちゃらけていますが、本当に心の優しい人です。不器用で優しいタイプです。お母さんだったら気にかけないていう場面で迎えにきてくれたり、連絡をくれたりしています。

Q,ご両親について教えてください

 母は、お父さんが借金を抱えててそれをお母さんが全部返したという経験や、複雑な家庭環境で育ったこともあり、めちゃくちゃパワフルです。母のお父さんは料理人だったので、美味しいご飯を食べて育ったと言っていました。私が中学3年生の時に、母親が「完璧なお母さんを目指さなきゃいけないと思った」と言われたことを覚えています。自分の中で、無意識のうちにあったものに気づいた感じがします。ただ、まだ完璧主義なところ抜けてないなと感じます。添加物を一切使わない料理を出してくれたので、私は無添加で育ちました(笑)。高校生の時、毎日お弁当作ってくれてそれをいつも写真を撮っていました。中学受験の当日、お弁当箱に手紙が入っていて「あなたは、受かっても落ちてもすばらしい人間なんだから、人間性を大事にしなさい」と書いてありました。当日なのに、「受かっても落ちてもいいのかぁ」っていう気持ちになっちゃいました(笑)。
 父は、めっちゃお金ない家庭だったそうです。学校の給食費を払う時に、100円玉がなかったので10円玉の束で出してたらしいです。ただ、それをクラスで自慢して流行らせるような子だったみたいでその経験から、大人になったら稼ぎたいという気持ちがあったんだと思います。私が幼少期の頃は、ずっと仕事をしていました。夜中の2時に帰ってきて、朝の6時には家にいなかったです。普通に仕事に追われていました。断れないタイプなので、多分めちゃくちゃ仕事を抱えてたんだと思います。土曜日の休日も午前中はみんなで遊ぶんですけど、午後は仕事に出かけていました。数年前に「あの時の俺はめちゃくちゃ間違ってた」と言っていました。「半日一緒に遊んでるから、子育てしてると思ってた」と言っていました。

Q,家族との思い出を教えてください

 小さい頃いたずらをしてすごく怒られたのですが、その時の写真が残っていて、その写真を見ながら家族で談笑していたのが心に残っています。ちなみに、その写真は親戚の集まりがあって、暇をしていたときにチョコレートを丁寧に一つずつ限界に並べていて、お父さんにものすごく怒られたのですが、お母さんは許してくれました。

 

Q.幼少期からのご家族との関係性を教えてください

 幼少期は、しっかりしていたと思います。というよりはお母さんにしっかりするように育てられた感じがします。保育園に行くときに、車を降りて準備をしていた時に「遅い仕事は誰でもできる」とすごく怒られていました。バレエを習っていたのですが、行きたくなくて泣きじゃくってた記憶はあります。妹できてからさらにしっかりしたと思います。父にめっちゃ公園連れて行ってもらってました。その頃、河川敷で犬に追いかけられました。それで少し犬が怖くなりました(笑)。
 小学生の時は、「優等生」って感じでした。「どうしたらこんな子に育つの?」と周りの人にすごく言われていた記憶があります。めっちゃテストでいい点数を取ったり、生徒会や学級委員をやって、そういうことをすることが正解だと思っていました。この時、価値観形成がなされたと思います。またこの頃に、海外に興味を持つようになりました。留学を親に相談したら、高すぎると却下されたんですけど、そこから両親が私の関心を汲み取ってくれて、情報をくれるようになりました。祖父が耳が不自由なのですが、その祖父を連れて2人で和菓子を買いに行く事がありました。その時にいかんなく優等生を発揮したと思います。親に優等生と思って欲しかったのかもしれませんね(笑)。
中学時代は部活三昧でした。部活の顧問がめちゃくちゃ怖かったですね、、、性格は変わらず優等生って感じでした。小学校の時は、小学校の枠内で優等生になろうとしていたのですが、中学生になってそれだけではおまらず、市の親善団としてロシアに行ったり、英語のスピーチ大会で優勝しました。これによって、周りの人が褒めてくれることが増え、浮き足立っていました。しかしその時反抗期があったので暴れまくってました。妹とはよく喧嘩していました。その関係でお母さんにめっちゃ怒られていました。勉強以外の部分ももっと成長しなさいと言われていました。
高校生の時に、留学でドイツに行きました。この経験は大きかったですね。ドイツのホストファミリーがめちゃくちゃ良かったのを覚えています。いい意味でドイツ人っぽくなかったですね。ドイツ人はキチキチしているイメージがあるんですけど、彼らは大らかでした。そのホストファミリーもいろいろな留学生を受け入れていました、そこで「家族っていいな」と改めて実感しましたね。ドイツで少し太ってしまったので、ダイエットをしようとしました。8時間ダイエットをしていたのですが、お母さんに「夜の方がちゃんとご飯作ってあげられるから」という理由で、母親に合わせたのですが「家族のこと考えてるんだ」と感じました。
最近、毎日学校にお弁当を持って行ったり、3食自分で作っているのですが、そういう習慣がついたのも母が毎日作ってくれたおかげだと思います。妹には「めっちゃお母さん」って言われました(笑)。大学に入って、いろいろなサークルなどに入り必死に頑張っていました。父が東京にたまにくるんですけど私のやってることが変化していても「色々頑張ってるな。体に気をつけろよ」と言ってくれるので、親ってすごいなって思います。

Q,どんな親孝行をしていますか?

私が両親のためにも幸せであるようにしています。年に2回は帰省すると決めていて、その時は妹と写真を撮ったり、料理を家族に振る舞ってます。この前帰省した時は、青椒肉絲を作りました。また、お母さんの誕生日プレゼントとして、カバンをあげました。誕生日は何かするんですけど、父の日母の日はあんまりしないです。母が、記念日とか好きじゃないのとサプライズが好きじゃないので誕生日を祝うようになりました。

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